大野将平は東京オリンピック柔道金メダルの重圧に勝てるか?プロフィールや戦績、家族を紹介

柔道

東京五輪を来年に控え、選手達も代表入りを目指し調整をしていることでしょう。
日本のお家芸、柔道も選手層が厚く代表入りするにも一苦労といったところでしょう。

男子柔道73㎏級は前回のリオデジャネイロオリンピックで大野将平選手が金メダルを獲得しましたが、過去に遡ると、ロンドンでは 中矢力選手が銀メダル、北京・アテネ・シドニーではメダル無し、アトランタ大会では中村兼三選手が金メダル、バルセロナで古賀稔彦選手が金メダルとしばらくメダルが取れていない階級でした。

今度の東京オリンピックでは橋本壮市選手も対抗馬として上がってきており、66㎏級から階級を上げた海老沼匡選手も名乗りを上げています。しかし今の所、大野将平選手が代表争いで一歩リードしているのでは言われています。

そこで、大野将平選手の経歴とエピソードを紹介していきたいと思います。
切れ味抜群の技の数々を御覧ください。



大野将平選手の経歴

生年月日:1992年2月3日生まれ(27歳)
出身:山口県山口市
血液型:O型
身長:170㎝
段位:5段
組み手:右組
得意技:内股・大外刈り

小中高生時代

7歳の時に松美柔道スポーツ少年団に入門。
親戚の叔父さんが柔道の先生をしていたということなので、兄弟で柔道を始めるきっかけになったのかもしれません。
松美柔道スポーツ少年団には、2年歳上に後に無差別の世界チャンピオンとなる上川大樹が在籍していました。
小学生時代の大野選手兄弟

山口市立良城小学校卒業後、講道学舎に所属。
2年生の時、近代柔道杯、5位
3年生の時、東京都大会、2位

高校は世田谷学園高校に進学。
2年生の時、インターハイ73㎏級で優勝。
3年生の時は、都大会決勝で敗れインターハイ出場はできませんでした。

大学時代

2010年4月、天理大学に進学。
1年生の時

  • フランスジュニア国際で優勝
  • グランドスラム・東京、5位
    当時、全日本の監督の篠原信一氏に、特例でジュニアからシニアの強化指定選手に引き上げて貰い、より実力をつけていきます。

2年生の時

  • 全日本ジュニア、優勝
  • 世界ジュニア、優勝
  • ワールドカップ・オーバーヴァルト優勝(シニアの国際大会初優勝)

3年生の時

  • 講道館杯、優勝
  • グランドスラム・東京、優勝

4年生の時

  • 体重別選手権、3位(世界選手権代表に選出)
  • 世界選手権、優勝(全6試合オール一本勝ち)
    この直後、天理大学柔道部の暴行事件が発覚

社会人時代

2014年4月より旭化成に就職

  • 4月の選抜体重別選手権、優勝(初優勝・世界選手権代表に選出)
  • 全日本選手権、3回戦敗退(王子谷選手に指導3で敗れる。一本勝ちできなかったのは大野選手だけ)

  • 8月の世界選手権、4回戦敗退
  • 12月のグランドスラム・東京、2位

2015年になり、

  • 2月のグランプリ・デュッセルドルフ、優勝

4月、天理大学・大学院に進学。

  • 体重別選手権、準決勝敗退(世界選手権代表に選出)
  • 世界選手権、優勝

2016年になり

  • 2月のグランプリ・デュッセルドルフ、優勝(2連覇)
  • 4月の選抜体重別選手権、優勝(2016年リオデジャネイロオリンピック代表に選出)

  • 8月のリオデジャネイロオリンピック、金メダル(オリンピック男子柔道2大会ぶりの金メダル)

9月、県民栄誉賞を受賞。
11月、紫綬褒章を受章

  • 12月のグランドスラム・東京、欠場(右足首を負傷)

2017年になり

  • 4月の選抜体重別選手権、欠場(大学院での修士論文の作成を優先・世界選手権代表からは外れる)
  • 全日本選手権、初戦敗退
  • 12月のグランドスラム・東京、2回戦棄権(大会前に右膝を負傷した影響)

2018年になり

1月には大外刈を対象とした修士論文を提出

  • 2月のグランドスラム・デュッセルドルフ、優勝
  • 4月の体重別選手権、準決勝敗退
  • 8月のアジア大会、優勝
  • 11月のグランドスラム・大阪、優勝

2019年になり

  • 2月のグランドスラム・デュッセルドルフ、優勝

3月、天理大学大学院を修了

  • 4月の体重別選手権、優勝(世界選手権代表に選出)

  • 8月の世界選手権、優勝(6試合オール一本勝ち)


大野将平選手のエピソード

中学時代は練習の鬼?

当時の指導者、持田治也氏によれば、入った当初は大したことがなかったが、2年生になった頃から、常に真剣勝負を挑んでくる大野選手を先輩や他の選手たちが避ける傾向にあったとの事。
しかし本人によれば、あまりの辛さに泣いていた記憶しかないとの事でした。

天理大柔道部暴行事件

2013年9月に発覚した天理大柔道部内での暴力問題。
5~7月にかけて、4年生の4人が1年生数名に暴力をふるい、うち1名に鼓膜を破るなどの怪我を負わせたとの事。

大野選手が1名に対し平手打ちを2回行った事になっているが、実際は他の4年生の就職に響いてはとの大学側の判断で大野選手にも罪を被ってもらったなどという話が出ています。

これにより、天理大の柔道部部長、監督を解任、大野選手も天理大柔道部主将の任を解き、全柔連からは、大野選手ら4年生9名に3ヶ月の登録停止処分を下した。

これにより、大野選手は全柔連の強化指定選手を外された。
11月5日には大学当局から活動の一部再開が認められ、2014年1月5日には強化指定選手に復帰が認められた。

オリンピック金メダルに対する思い

2015年の世界選手権優勝後のインタビューで、「柔道という競技は世界選手権で勝っても世間からは評価されないし、オリンピックに出場できなかった場合や、例え出場しても負けた場合は全く意味をなさなくなる競技なので、オリンピックに出場して必ず金メダルを取りたいし、そういう部分にこそやり甲斐がある。
国に1つくらい金メダルしか求められない競技があってもいいのではないか」と語っています。

また、リオデジャネイロオリンピック代表が決まった会見で、「全て(の経験)をリオにつなげられればいい。必ず金メダルを獲得したい」とコメント

5月の強化合宿の際には、「最低でも金」というコメントを発し、田村亮子の「最高で金、最低で金」を思い出させました。

また、先輩方の金メダルに触れる機会があったが、触ってしまうと自分では金メダルが取れない気がして、あえて触らなかったとの事。

これだけの思いを持って出場した前大会、見事に金メダルを獲得したのは執念だけでは片付けられない努力があったのでしょう。

柔道メダリストが集う合コンでお持ち帰り!

リオデジャネイロオリンピックが終了した2016年9月中旬に東京都・赤羽の居酒屋で合コンが催されました。

合コン自体は普通の事なんですが、週刊誌「フラッシュ」にスクープされてしまいました。


参加者はリオデジャネイロオリンピック男子柔道のメダリストの面々。

金メダリスト・大野将平・当時24歳(73㎏級)
銀メダリスト・原沢久喜・当時24歳(100㎏超級)
銅メダリスト・羽賀 龍之介・当時25歳(男子100㎏級)
銅メダリスト・永瀬 貴規・当時22歳(男子81㎏級)
銅メダリスト・海老沼 匡・当時26歳既婚(男子66㎏級)
銅メダリスト・髙藤 直寿・当時23歳既婚(男子60㎏級)

なぜかベイカー茉秋選手(男子90㎏級・金メダリスト)は出場していなかったとの事でした。

対する相手は、20代ぐらいの美女軍団との事でした。

11時半頃まで居酒屋で盛り上がり、その後カラオケボックスへ。
1時間ほどしてカラオケ店を大野選手と20代後半と見られる美女と2人で個室から階段へ。
しばらく階段でイチャイチャ。
更に20分後ついに2人は店を抜け出し、ラブホ街へ・・・。
というのが記事の全容でした。

詳しくは、こちらhttps://smart-flash.jp/sports/12887

健全な男子なら、普通の事なんですがねぇ・・・。

中学3年生の道徳の教科書に

リオデジャネイロオリンピックの会場で、畳に深々と頭を下げる大野の写真とともに、紳士的な行動をたたえる内容を掲載。

初戦から金メダルを獲得した決勝戦まで派手なガッツポーズを決めることなく、最後まで対戦相手に敬意を払う姿勢を貫いた事に世界中から喝采を浴び、柔道家の模範となった事は、中学生にも学んでほしいですね。



大野将平選手の家族は?結婚は?

父親については何も情報がありませんでした。
色々なキーワードで検索してみたりしたのですが、何も引っかかりませんでした。
何か情報が入ったら追記したいと思います。

母・文子さん

母親については、「文子さん」という名前ということしかわかりませんでした。
ただ、大野選手と文子さんのエピソードがいくつかあるようです。

講道学舎に入門する際に

兄が小学校を出て、講道学舎に入門し、将平さんも兄を追って講道学舎に入門したいと母に相談しました。

講道学舎の練習はかなり厳し事を知っていた文子さんは、当時体が小さかった将平さんに「一年間で10㎏体重を増やせたら行っても良い」と言ったそうです。

そして将平さんは1年間で10㎏の増量に成功。
晴れて講道学舎に入門することができました。

講道学舎に入門して・・・1

また、将平さんは、講道学舎の練習が辛すぎて、何度も逃げ出したいと思っていたとの事ですが、お兄さんが強かったので、自分が辞めて帰ると兄に迷惑がかかる、そして何より、母から「行ってもどうせ辞めて帰ってくる」と言われていたのでそんな言葉に、負けたくなかったと後述しています。

講道学舎に入門して・・・2

将平さんが講道学舎に入門した時には、同級生は強いひとばかりで、10人中7~8番手だったらしく、その事を母に言うと「一年で一人ずつ抜いていきなさい」と言われたそうです。

世田谷学園を卒業する頃には学年で1番手になっていたそうです。

天理大柔道部暴力事件について

さらに、天理大柔道部の問題があり、全柔連から3ヶ月の登録停止処分を終え、翌年の体重別選手権で優勝した際、「本当にあの事件以来、マスコミにはそっとしてほしいと思ってるんですが、今日は優勝したので、いいことを書いてください。」とコメント。

本当に親子揃ってつらい時期であったんだなと感じさせられるコメントでした。

兄・哲也さん

将平さんの2歳上である哲也さん。


兄弟揃って学歴は全く一緒との事で、ずっと一緒に柔道をやってきたんですね。

天理大卒業後は、地元山口県で警察官になられているとの事。

山口県の体重別選手権90㎏級で優勝された事もあるとか。

現在結婚し、将平さんの甥っ子にあたる男の子もいます。
将平さんは、小さい子供をよく可愛がっている写真がよくアップされてます。

 

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Have a happy new year‼︎ 良いお年を! #onoshohei#judo#asahikasei#tenri#大野将平#柔道#旭化成#天理

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大野将平選手の得意技

大外刈り

体幹が強く、受けの強い大野選手の得意技、大外刈り。
大外刈りは、刈に入る時、大勢が不十分であると返される事が多い技。
大学院では、大外刈の修士論文を作成し、自身の大外刈りを分析しています。

内股

一日千本打ち込みをこなす大野選手。
相手が重量級であろうと投げ飛ばせる技のキレを持ちます。
内股もお尻で押し上げるような独特な掛け方のため「ケツ股」とも呼ばれています。

大野将平選手のまとめ

東京オリンピック73㎏級の代表は、大野将平選手で間違いないと言わせるほどの試合を見せた2019年8月の世界選手権。

やはり、ライバルより一歩リードしていることは間違いないでしょう。

大野選手なら金メダルへのプレッシャーをバネにして頑張ってくれることは間違いないでしょう。
東京オリンピックまで怪我のないように頑張ってもらいたいものです。



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